カプチーノはお熱いうちに

ぼろぼろの気持ちで観に行った

久々の銀座

キラキラした街で人

 

自分は?

 

なんだかヨレヨレ

まったく街になじんでいなかった

誰が見てるという訳でもなく、目立たないだけ

 

最近、どこの街、空間にいても

自分の居場所が見つからない

 

観に行った日が最終日だった

母と何度となく通った映画館

今日は、私ひとり

きっと、ここに通うのはこれからもひとり

 

自分の境遇に少しだけ重ねた

 

愛している、ということは

周りがとやかく言ったり、相手が言うことじゃなく

自分の気持ちなんだと

 

見返りを求めたり相手を変えようとすることは苦痛に満ちている

お互いが疲弊する

 

でも、どうにかして相手を自分の方に振り向かせたくて

意固地になってボロボロになって 自分を否定された気になる

 

多分、ほんとうに、そのときは愛しているしいとおしくて

狂おしくて どうにもならない気持ちで涙があふれる

 

それは、嬉しいとか悲しいとか切ないとかの言葉で表せない

ただ気もちいいだけではないの

 

そのときに必然的に流れてしまう

脳と心と体が一つになったときの涙

 

いつも感じられる訳じゃない

 

本当の愛だって冷めるときもある

 

客観的に他人がそんなこと言ったり、してたら

気持ち悪いし 引くに決まっている

でも どこかで自分は人と違うと思い上がっている

 

そんな自分が突然・・・

 

そういう状況になったとき、

本当に自分のことを見捨てずに近くにいてくれる人って

だれだろう

 

一時の感情で愛していると涙を流したあの人じゃない

そう確信したときに別れを決意した

 

ただ快楽に溺れてただけ

隙間を埋める何かが欲しかっただけ

 

きっとそう。

でも、それを認めたくなかった

変える勇気もなかった

むこうは変えようともしてなかった その方が都合がいいから

 

そのときは、愛しているけど

今も愛しているけど

でも、きっといつか壊れる

多分ずっと愛しているけど

このまま続けていたら心が崩壊する

今も決壊して溢れてる

 

ぼろぼろになってもお金がなくても

年老いてしわくちゃで干涸びたおばあさんになっても

誰も私に見向きもしなくなっても

私を愛してくれますか?

私を必要としてくれますか?

 

生きることってそういうこと

 

この世に本当に最後まで自分を愛してくれる人

それは誰なんだろう

自分が生きていた証を覚えてくれる人