あの日

「どの仔がいいかなぁ」

真剣なまなざしでパソコン画面を見つめる母の言葉

 

あれは13年前の初夏

ぎょっとする見た目のそいつはうちにやってきた

そいつはカール

 

そのころの我が家は2頭立て続けに犬を亡くしペットロスに加え

認知症の疑いのある祖母を家に迎え

家の中は寒々しく重たい空気だった

笑顔がなかった

 

特に母は家の中で一番犬や祖母と過ごすことが多く

今思えばどれだけの寂しさや心労があったことだろう

 

そんな母がいつにも増してパソコンを眺めることが多くなった

保健所にいる犬

飼い主を必要としている犬や猫たちがいる保健所や

動物愛護センターに載せられている犬の写真を見ていた

 

保健所

それはわたしにとってはトラウマだった

小学生のとき家族で保健所のVTRをみてその存在を知った

犬や猫を殺処分するという仕組み

 

その映像の中での犬たちが脳裏に焼き付いている

カメラマンに向かって懇願するように吠える犬

諦めたように寝転がっている犬

端の方でうずくまり、怯えた表情の犬

ひっきりなしに歩き回る犬

 

バラバラの犬種

緑のビニールのような床に鉄格子のような柵

床には糞尿で濡れたように見えた

 

それぞれの犬には名前ではなく番号が与えられていた

猶予の日数が近づくごとに犬たちは強制的に隣の部屋へ一歩一歩進んで行く

 

隣の部屋へ進みたがらない犬

楽しそうに進む犬

 

ナレーションでは進む先にある部屋の説明をしていた

ガス室 安楽死

 

猶予の日までに新しい家族、飼い主が現れなければ彼等は

その部屋に導かれる

保健所で働く職員はモザイクがかかっていた

 

その日にその部屋にいる犬猫は

ボタンを押すだけでガスにより殺されることになる

その部屋の柵がおりた瞬間

 

助けたい 助けられない 悲しい 辛い

 

幼い私の頭の中はパニックになり、気づけば黙って号泣していた

とめようにもとめられない涙はなんなのかわからなかった

自分には何も出来ない不甲斐なさ

大好きな動物が殺される事実

 

何も知らず喜んでガス室に進む犬の姿は忘れられない

 

そんな保健所のホームページになぜ母が行き着いたのかは分からない

 

それでも、日々の生活に変化をと母は前向きに新しい犬を迎え入れる気持ちになっていた

 

ホームページには様々な犬の写真が掲載されていた

仔犬から成犬、洋犬から雑種、小型犬から大型犬

母と私は何日も何日もホームページを見ては、どの犬がいいか迷っていた

 

この犬がいい!という思いに至る前に、説明会を受ける必要があり

まずは予約をし現地に行くことにした

 

説明会当日、母の運転でわたしたちは都内の某保健所へ出向いた

わくわくとドキドキと保健所のあのトラウマの映像を思い出しながら

複雑な気持ちでいたことを覚えている

 

初めての保健所

入ってすぐにたくさんの犬の写真が貼ってあったと思う

飼い主さんが決まった犬や猫たちだ

それを見たのと同時に、見つからなかった犬や猫たちはどうなったのだろう

 

昔心の奥に刺さったままの釘が、締め付けられた

 

2階に上がり説明が始まる

他にも数名の家族がいたと思う

なんだか、こうしてここにいる犬や猫に関心を持っている人が

他にもいるのだと思うといくらか安心した

 

説明では、犬や猫の飼い主、家族になることや迎える資格がある人について

説明をされた

狂犬病の注射や病気を持っている仔への対処

命を育てるということ

同意書にサインをした、そこに迷いはなかった

 

亡くなった2頭の犬への想いが甦る

彼等は幸せだったのだろうか・・・

 

1時間くらいの説明がおわり、いよいよ今いる犬たちと外で触れあう

 

どれくらいの犬がいただろう

10数頭だったと思う

ゲージの中から吠える犬もいれば、黙って抱かれている犬もいた

また、離れた外の柵の中には2頭の大きな雑種の犬もいた

 

祖母がいるしおとなしくて小さなチワワがいいかな、

父は走るのが好きだから大きな雑種犬がいいかな

でもうちは狭いし。。

でも、そっちの仔もかわいいね

 

母とそんなことを話しながら、最終的には「チワワ」を候補に保健所を後にした

家に帰り父にチワワや雑種の話をした

父は小さな犬には興味がない様子だった

 

わたしは、どの犬がいいか選べなかった

1頭を選べば他の犬を助けられないという気持ちが大きかった

 

数日後、母と父はチワワを迎えれるため再度保健所へ出向いた

保健所へ行くと聞いて、用事があったこともあったが

選ぶ自信のなかったわたしは決断することから逃げていた

 

その日の私は何も手につかなかった気がする

チワワがうちにくる!どんな風にうちが変わるだろう

先代の2頭がくるときのように胸がざわめいて気持ちが焦った

早く家に帰りたい。

 

「ただいま!!!!!!」

 

急いで2階のリビングに駆け上がる

手作りの柵が窓際に設置され家族全員が集合してその柵を囲っている

そこにいたのは、、、

 

 

!?

毛むくじゃらの見たことのない生き物

手足が長くて、毛で顔を覆われて目が見えない

でも顔が大きい。。

毛の色はグレーのようで薄茶色で

よく見ると目が見える その目はオリーブグリーン

??

チワワとはかけ離れている

むく犬ほど大きくはない

雑種でもない

どちらかといえば洋犬

ふせをしているが、間接が柔らかいのか後脚は蛙のように伸ばしきっている

人に囲まれても「ワン」とも「ウー」とも言わず

ただ暑そう「ハァハァ」とベロを出しておとなしくしていた

 

 

何この犬。。。。

 

私「チワワは??」

母「いたんだけど、この犬面白いからこの犬にしちゃった」

私「え?」

母「何この犬!って感じしない?笑」

私「うん。。でも雑種のこもいたでしょ。。」

母「いたけど、今日パパと行ったらさ、この犬がいたのよ。端の方に。

 ぶっとい金属の鎖で繋がれて他の犬と離れたところに。行ってみたらさ、

 何の声も発せずにただただ後ろの二本脚で立ってこっちに向かって立ってさ。

 でも吠えないの。見た目もこんなんでしょ。他の人も一切この仔に近づかなくて興味 なさそうでさ、

 けどなんかこの仔面白くて。この毛むくじゃら!

 それにパパにあいそうかなぁって。」

私「この犬は何犬なの。。」

母「保健所の人いわくミニチュアシュナウザーだって 笑」

私「全然ちがうじゃん!絶対ちがうよね。。。ミニじゃないし。。」

母「保健所の人がそうだっていうんだからねぇ、、年齢は推定1歳でこの間の

  説明会のときは去勢手術して外に出せなかったんだって、それで今日術後

  初めて外に出たみたいよ」

私「ほんとヘンテコな犬だね、なんで保健所にいたんだろう」

母「これが前の飼い主が持っていた首輪とリード。あと、えさ入れもあったみたいよ

  車で移動してうちにくる間も全く吠えないのよ、おトイレも粗相しないんだよ」

 

そうしてみた首輪とリードは青いスヌーピーの物だった

 

飼われてたんだ。。それで保健所に持ち込まれたんだ・・・

おトイレもしつけられて、おとなしいのに

こんなに可愛い首輪とリードなのに、、可愛がられてなかったのかな

 

一気に目の前にいる変な犬の過去を思った

保健所に飼い主に連れてこられた現実がこの仔にはある

 

胸に刺さったままの釘がさらに奥に埋め込まれた

 

見た目がおかしな犬を目の前にびっくりした気持ちでしかなかった

 

私「名前はきまったの?」

母「うーん、マイケルとかポールとかウィリーとか・・」

私「毛がカールしてるからカールでいいんじゃない?」

皆「いいんじゃない、それ!」

 

こうして安易な理由で彼の名前は「カール」に決まった

その瞬間から、私は自分に弟が出来たと思っている

名付け親だ

 

人間の愛情を知らずに仔犬時代を過ごしたと思われる

カールと慣れるまでの壮絶な生活は2年ほど続いた

彼の毛の奥の目は獣だった

吠えないけれど、外の世界を全く知らない瞳、野獣

散歩したことなかったんだろうね

 

父と母と私は出来るだけ愛情をカールに与えていたと思う

カールの仔犬時代は暗闇だったのかな

 

そんなことは分からないけれど今は離れて暮らす耳の遠くなった今のカールに

耳元で私はいつもこう言う

 

「カールうちにきてくれてありがとうね、大好きだよ」

 

聞こえてるのか分かってるのかわからないけど。

 

4年前に母に癌が発覚し緩和病棟に入院していたときもカールは病室に来た

入院中の母にラインでよくカールの写真を送った

 

母メッセージ「カールはほんとにかわいいねぇ」

 

他界したときもカールは葬儀に出席し、母の最期に対面した

母を見て何かを感じただろうか

 

あの夏の日、父と母が保健所でカールを見つけ連れてくる決断をしたから今がある

 

カールの誕生日を誰も知らない

生まれた場所も知らない

ほんとの名前も知らない

生まれて1年どのように過ごしたかも分からない

それから13年

 

兄や姉、わたしも結婚し離れて暮らす

カールがいるだけで、どれだけの辛さが分散されて

一緒に散歩をすることで笑顔になれたか分からない

 

動物と人間は複雑な関係で共生する必要がある

ただ可愛い、飼うだけではない

命をいただく事実もある

 

カールを見ているとどんな過去があってもたっくさんの愛情を注げば

変わることが出来るのだということが分かる

 

母が亡くなり実家の空気も変わりカールも歳をとった

それでも、家族全員で今を乗り越えるしかない

 

カールの誕生日を8月1日に決めた

それは出会った日

その日から彼を大切にするとみんなが心に決めていた

 

あと何年とは考えない、一緒にお散歩をする

それで会えるときは耳元でいつも「ありがとう」って伝えていこう

 

天国の母もきっとそう思っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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